目標がないならば持とうとしない。

ひさびさに、自分の思考を探っていってたら、あるパターンが見つかったので書いておきたいと思います(思考を探るのは趣味みたいなもんです(笑))。

私の人生前半は、主に尊敬するや憧れるライフスタイルの人を追いかけては、その人から学んだりマネたりすることで占められてました。そして、それは一瞬人生をバラ色に彩ってくれるような気がしました。が、たいてい長続きしませんでした。なぜなんでしょう?

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私たちの多くはおそらく、子ども時代に「目的意識を持て」とか「目標に向かってコツコツ努力しろ」ということを教わったんじゃないかと思います。それがハマる人もいればハマらない人もいますよね。

ハマる人は、たとえば「野球選手になりたい」とか「医者になりたい」とか、誰から見ても分かりやすい名前のついた目標がある人。やるべきステップが明快な場合。そして、それが心身にしっくりきている人です。「野球選手」だったら、本当にグラウンドに出て人の歓声を浴びながらプレーしたい。心からそう思える人ですね。

しっくりこない場合って、ホントの願望と名前がずれていたりします。たとえば「野球選手になりたい」と思っていても、野球のプレーヤーよりはコーチなど教える方が実際は楽しめたり。観戦するのが楽しいだけだったり。そういうビミョーな場合をすべて考えてみると、目的意識を持っていても、それが自分にしっくりハマる人ってほとんどいないんじゃないでしょうかね。たいていは実際にやってみてちょっと方向転換しようかな、とか辞めてまったく違うこと始めた、とかになる。経験を重ねながら目的って調整されていくと思うんです。

で、「目的意識」そのものがまったくハマらないパターンの人もいます。目指したいところや生きたいあり方が漠然としていて、目的意識を持った瞬間に「なんか違うな」ってなる場合です。分かりやすく言うと、ミュージシャンなど。「あなたの音楽ジャンルは○○ですね」と言われてどれもしっくりこない、という感じでしょうか。ジャンルを越えたミュージシャンなんていくらでもいますから。

カッコいいので芸術家でたとえましたがw、私はこのパターンで芸術家でもなんでもないので、まあまあ世間的にはカッコ悪いです。と、自分では思ってきました。

だから、目的意識のハッキリしてそうな人に憧れました。「1年間はこれに向けて全力で進むぜ!」と人を鼓舞できちゃうような人。そういう人ってどうやってその目標を持てるんだろう?って見てきてマネをしてみました。目標を外から借りてきたりもしました。分かりやすいのは資格試験とかですかね。

でも、ある時急に、「なんか全然違うよこれ!」と思うんです。そして投げ出す、逃げ出す。
アタマでは「目的意識がある方がいい」と分かったつもりになっているんで、よけいやっかいです。なんかやったりやめたりするたびに、自分の価値がすごいアップダウンしているような気がして、それでもこれまでやってきたことの価値は消えないんだ、と言い聞かせたりしてました。

そういうことを繰り返してる人の場合は、強い目的意識なんていらんと思います。目標が欲しい!って思い自体を一回捨ててみるといい。

目的意識がなくなったらほんとうに何もしなくなる人って、すでにその時点で心が燃え尽きてますから、それこそ休みが必要です(ずいぶん前に経験ずみ)。やる気がなかったら、できるだけ何もしないで回復を待つ。これを繰り返すしかない。

そして、本当に理想なのは、その時その時の思いつきによって動くことです。状況が許すかぎり。
そうすると、自分の中から自然とギモンや好奇心が湧いてくる。目的なんてアタマを通らずに自然に身体が動くときがきます。←ってカンタンそうに書いてますが、燃え尽きてたら何か月も何年もかかることがあります(笑)。それでも、都度都度、即席のエセ目的をつくっては燃え尽きる、を繰り返すことを思えば早いもんだ。と(私は)思って、それに取り組んできました。

なんかね、それで自然と探究心が続いているのが、インド料理。そしてヨガ、ウォーキング。そしてこういう心理的な自問自答。
いまだに、どこを目指そうという目的地はありませんが、自然と次へ行きたくなります。自然とギモンが湧き、自然と解決したくなり、深みへハマリます。あくまでゴキゲンな状態で続いていくのがポイントです。

え?そんな程度のこと?自慢にもならないし、ジコマンじゃない?
と思うかもしれませんが、目的の代わりにジコマンを満たすからゴキゲンになり、続くんです。借りモノの目的意識を次から次へと渡っていくだけでは、ジコマンにすらたどり着けません。

外からの働きかけ不必要で、できている。そういうことを増やすことで、目的意識どうちゃらと考えるヒマがなくなります。人を必要以上に尊敬して追いかけているヒマなんかなくなります(あえて「ヒマ」と言いますがw)。人を尊敬することはいいことですが、それによって「自分はできてない…」という思いが強まるなら時間がもったいない。そして、そういうかけ離れた人に目的を借りると、ますます自分がなんなのか分かんなくなります。

目的が借りモノに過ぎない場合は、「もしかしたら一旦目的意識を手放してもいいかもしれない」という風に考えてみるのはどうでしょうか。

Photo by Glen Carrie #ux #photogrpahy #webdesign on Unsplash

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