カラダ=ココロの顕れだと思うと、自分が見えてきた。

カラダに落とし込まれたことを使って、生きていこう。

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昨年の体調不良から、復活したプロセスで気づいたことを書いていきます。
前回までの記事は↓。

◆1:アトピーからの復活
◆2:療法ジプシーのできる脳の仕組み
◆3:自動思考に気づいて、変わったこと。
◆4:脳の神経回路は思い通りに変えられる?
◆5:自律神経グダグダ問題。
◆6:自分が情けなくて、怒りが出てきた。
◆7:体調不良も、なりたくてなっていた。

とりとめもなく書いてきて、まとまってないので…(笑)。
一旦、今回で続きものは終わりにしようと思います。

今回、アトピーからの回復について書いてきたんですが、やってきたことを振り返ると、「治るための方法論」とはちょっとちがっていました。方法論は、子ども時代、アトピー持ちだった頃から耳タコなんですが、最終的には人それぞれ。そしてタイミングによりそれぞれ。

厳しい療法や食事制限をしたから治った人もいれば、悪化する人もいます。

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それよりも今回基軸にしたのは、「自分を許す。自分を認める。自分を愛する」ということ。できているつもりでできていないことでした。

これだとフワッとしてて綺麗ごとみたいなので、言い換えてみます。

・自分を許す=自分のカラダを許す
・自分を認める=自分のカラダを認める
・自分を愛する=自分のカラダを愛する

ココロのことだと、目に見えないから思ったフリ、やったフリができる。それに、やってみたとしてもできているか分からない。

でも、目に見えるカラダのことだとどうだろう。とたんに具体的になる気がします。私は。
なぜなら、生まれてこのかた、別の人間の肉体になったことはないから。細胞は数年ですべて生まれ変わると言われますが、それでも見た目はやっぱり自分であり、死ぬまで、いただいたカラダで生きていかねばなりません。うまく使う必要があるんですよね。

それなのに、
自分のカラダを許す、認める、愛する…
うーん、ダメ出ししているなぁ…。受け入れがたいなぁ…。と思ってた。

カラダって結局、ココロの顕れだと思っていて、カラダを観るようにココロも観ていけば、同じことです。いただいたココロのありようで生きていくしかない。変えようと思っても変わらない型みたいなのがある。それを受け入れることによって、体調も変化していくのだと思います。

そこで、今ここにいる「自分さん」をお客様みたいに考えてみる。この方にとって、いちばん生きやすい生き方を考えてあげることになる。

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よく、癒しが必要な段階にきたときに議論になることがあります。
それは、「生きることを頑張った方がいいのか、頑張らない方がいいのか」。

体調がすぐれない人に対して、「無理しないでね」「頑張り過ぎないでね」と声かけしますが、やはり日常生活で頑張らなきゃいけないこともあります。そうはいってられない…とモヤモヤするかもしれません。
今回、これにひとつの結論っぽいものが出てきました。それは、

A:カラダに落とし込むこと=頑張ること
B:カラダに落とし込まれたことで生きること=頑張らなくていいこと

Bの「カラダに落とし込まれたことで生きる」ことが、理想です。ずっと好きだったり得意だったりして行動がしみついていること。呼吸をするように毎日できていること。これがあればあるほど、毎日が頑張らなくていい、の繰り返しです。楽ちん。

ですが、やり始めのときは、Bにいく前にAをやる必要があります。カラダに落とし込まれるまでは、意識的に頑張らなくてはならない。

◇たとえば、毎日ご飯を食べるとして。
食材の買い方、料理の仕方、料理が苦手ならお弁当や外食の選び方…自分の生活スタイルに合わせて、食事をするわけですが。これも自分を知って工夫して、毎日無意識にできるところまでは、繰り返してカラダに落とし込んでいかねばなりません。これは頑張るべきところ。

無意識でできるところまで頑張れれば、それ以上は頑張らなくていい。
身についたこと、カラダに落とし込まれた動作を日々繰り返していくだけです。

一方、料理の中でも苦手で、いっこうに身につかないもの、向いてないと感じたものは、頑張らなくていい。肉料理が苦手なら、それはお惣菜を使うとか。

◇たとえば、毎日運動をするとして、
日々の動作がラクに行えるところまで、カラダを鍛える。軽い筋トレとか、ウォーキングとか。ちょっと動くと息切れするよりも、一日カラダを動かして適度な疲れで終われるくらいには鍛えておく。そこまで頑張ると、カラダに「動くこと」が落とし込まれているので、後はラクです。

ここでも、苦手な運動を無理にやったり、自分のキャパを異常に超えることを頑張る必要はありません。自分の日常に必要な分だけ、頑張る。あとは頑張らなくていい。

どうやってもカラダに落とし込まれそうにないな、ってのはやってみると直観的に分かると思います。異常にハードル高く感じることとか、道のりが果てしなくて途方にくれることとか。

つまり、日々をできるだけ頑張らずに生きられるようにだけ、頑張る。

言葉でいうとややこしいですね…でもこれが、冒頭に書いた「自分を許す。自分を認める。自分を愛する」ということだと思っています。

私の不調も、できもしないことを考えて、葛藤でココロがザリザリと削られていたことがおそらく原因だったと思っています。日々、カラダに任せて、自然に動くように生きると、葛藤でエネルギーを消耗することが格段に減っていきました。
あとは、少しずつ少しずつ、エネルギーのキャパをアップさせてやりたいこと、やれることを増やしていくこと。どこまでいけるだろう。これが、今後の楽しみになりました。

引き続き、カラダを注意深く観察し続けていきたいと思います。

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