ひとりの世界からはじめる。

前触れもなく、ブログを再開してみたいと思う。

 

去年はほとんど家にいて、料理をつくったりゲームに没頭したり寝まくったりという生活をしていて。ひとりやふたりだけの毎日を満喫した。しきった。

 

そうすると、ふたたび人に出会いたい欲もこころなしか湧いてきた。

次に出会いたいのは、「発信者のステージに立てていると感じられる人」。人に影響を与える立ち位置からモノが見れて、孤高を受け入れつつ、人に期待せず、でも自分なりの観点をもって人と関われる人。

 

発信したり表現したりする人はたくさんいる。むしろ増えている。
でも私の感性にピンとくる人はむしろ減ってる気がしていて。

それはなぜかというと、「自分の心の声をまっすぐ発していないから」なんじゃないかと。

発信する人が増えると、お手本になるものも増えるわけで。

そうすると、「何かや誰かに似ている人」が激増する。この人、こういう文章書くからもしかするとあの人とつながってんじゃないだろうか、とか思うと、意外と予想が当たってしまったりして悲しかったり。もしくは、最初はたどたどしいながらも自分らしさが溢れていたのに、だんだんと定型化された表現になっていったり。

 

きっと、何かになぞらえて自分を表す方が安心するんだろう。

すでに社会から一定の評価を得ている価値観なりフォーマットに染まるとスタートしやすいし、私もやってきたから分かる。でもそれでは本当の自分の価値にたどり着けない。いずれ枯渇して、また別の水源をさがさねばならなくなる。水源にたよっているうちは魅力やパワーは水源にあるのであって、その人の役割は媒介者にすぎない。

ひとりやふたりだけの毎日を満喫しきって、そのことが私なりに見えるようになってきた。そして、かつて別の水源から水を引きながら「自己表現」をしているつもりになっていた私自身のことも。

だからまずは私自身があらためて、「発信者のステージ」に立ち直してみようと思う。

こうやって文章を書くのもひさびさにになるので、言葉のリハビリも必要になりそう。実際、ここまで書きつけるのに1日くらいかかった。でもまずは、なんとか言葉にしてみるところからはじめよう。

 

 

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