予定調和はつまらない =【走馬灯】が教えてくれたこと=

私たち夫婦って、寝入りばなにときどき、修学旅行みたいなテンションになります。

 

「そういえば前からコレって気になってたんだけど…」みたいな話をし始めたら止まらなくて、気づいたら1~2時間経っていたとか、一定のスパンである話(他の夫婦がどんな感じなのか事情は知らないけどね)。そんなときはいっそのこと、起きて朝を迎える場合もあります(笑)。

その日によってテーマも違います。そのテーマを軸に、話しだしたらどんどんと記憶のフタが開いていき、出逢ってからこれまでの全期間を振り返っていたりということすらあったり。そういうモードを私たちは【走馬灯】と呼んでいて、「明日起きたら、これまでの私が死んで生まれ変わってんのかもね(笑)」…ってことにしています。まあ、ある意味人は、何もなくても日々生まれ変わってんでしょうけどね。

 

で、つい数日前もこの【走馬灯】モードがやってきました。今回なぜこの話をブログに書いてるかっていうと、この走馬灯モードのテーマが「ブログ」だったから。このサイトを見たら分かるように、最近、とんとブログを書いてません(笑)。料理のブログは時々書いてますが、それはジャンルが違うからいける。かりにブログネタを思いついてもその瞬間、すぐ脳内から消えてしまってたりして。

思えば私がブログというものを書き始めたのは2010年の春。そっから4~5年は、毎日に近いくらい書き続けていて、楽しくてたまらなくて。当然のようにずっと書き続けるもんだと思っていたし、書くネタが尽きるなんて思ってもいなかったんです。でも、心境の変化って起こるもんで…。

そもそもブログのメイン目的は、ひとつは日記的な内省。それをベースに、それをだれか読んでくれている人にもヒントとなるようなカタチに変えて、自分の価値観を届ける、みたいな感じでした。

最初っから、フリーの仕事のためで書き始めたのもあって、ブログ=仕事用という位置づけもありますが、それは内省の楽しさありき。普段人に聞かせないような心の声をひとりでも読んでくれている人がいると思うとトキメクじゃない♪というおめでたい発想が原動力でした。

 

ただ、特に結婚してからは、内省を人に聞かせる、というプロセスが必要なくなりまして。なんせ隣にいるだけで修学旅行の夜みたいに毎日「正直なところ…」を話しまくっているわけですから、わざわざ外に発信する必要がありません。外に聴いてもらう相手も必要なくなってしまいました。すべて家で完結してしまうんですよ。「オトコには話せない女子同士のことだから外で話すわ」、みたいなのも特に思いつかずw これはけっこう、予想外でした。さすがに毎日顔突き合わせてたら、すぐに会話が飽きるんじゃね?と思ってたし。←そう思ってたから30代終わり頃までケッコンなんてものをしたくなかったわけだしw

 

 

で、ケッコンを機に、ブログとプライベートの関係が徐々に逆転していった気がします。

ブログは、最初に書き始めた動機のひとつ「仕事を生み出す」というのがメイン目的になっていきました。特定の結果を得るために意図的になげかける、って感じになってから、だんだんと「作業」と化してきてたんですよね。内省については家で完結しているから、その結果分かったこと=成果物だけを出そうとする。

それは最初はおもしろかったものの、続けてみると無味乾燥なものになっていきました。ただ、じょじょにそうなっていったからか、意識では気づいてなかったんですよね。楽しかったはずのブログ、アイデアがちょっと枯渇してきたのがこの時です。

 

今回の【走馬灯】モードで出た記憶から、このことがハッキリわかったんですよね。

つまり、

◆何かを投げかける ⇒ ある程度思ったとおりのリアクションが返ってくる

これを私は、「予定調和でつまらない」と感じている、ということ。「思ったとおり」って、あたかもいいようですが…それを狙っている自分、というか「狙いを定めること」を優先させている自分が、私はそこまで好きではなかったようです。だから走馬灯でその思いに気づいたときは、「あーもうこんな自分にイラつく!ムカつく!」って叫んでました(笑)。結果ばかりを追いかけて、本来の楽しさを忘れていることが分かったからです。まあ自作自演でやってることなのでムカついてもしゃーないのですが。

「シゴト」という発想になると、多かれ少なかれこのモードになる人は多いと思います。定量的に、結果を求められることも多いですから。ただ、そのモードには、合う合わないがある。だから、合わないと思う人は別の力点を自分で見つけ出す必要があると思うんです。

ブログはきっと結果以外の楽しみを見いだせるだろう、と思ったから始めた部分があります。誰がどういうスタイルで書こうとも、あくまで自分ありきですから。ペースを貫くことはできますからね。ただそれも、自分の立ち位置がズレると見なおさなくてはいけません。

たとえば、ブログで名乗るカタガキであったり、ブログのテーマであったり、自分はどんな地点から世界を眺めてモノを言おうとしているのか。ということ。これをゼロにして書くのはほんと至難のワザなんですよ。たとえカウンセラーのような、主観を離れるシゴトであってもそう。私たちは「一個人」であるからこそ、「立ち位置」があるわけで。仮に神のような全知全能意識であるなら、個人的に思うところもないはずなのです(この文章の言ってることがそもそもおかしいって分かる?w)。だから自分の立ち位置はどこなのか?を折に触れて見直すことはとっても大事。

もしかすると私は結婚(しかも人生において想定外)をすることで、それまでずっと「独身」という立場で見てきたものが、ガラガラと崩れ落ちていったのかもしれません。価値観も、知らないうちにとてつもなく組み替えられていって、根本的にこれまでとの齟齬が生じているのかもしれない。今回の【走馬灯】はそれを教えてくれました。

またそこをしっかりと「内省」しつつ、少しずつ書いていければなと思っています。

 

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