大学を卒業できない夢を見た。

年が明けました。

そういえば年末、これまでに何度も見た夢をまた見たんですよね。それが、「大学を卒業し損ねる夢」。
これまでも、大学に入ったはいいが講義に遅刻しまくるとか、受講しているはずの講義に申込できてないとか、単位が足りてないのに気付いていないとか、名簿にないのに気づかず卒業式に出た気になっているとか…そういう夢を数えきれないほど見てきました。この夢、たまに「私も見たことある!」って人いますね。

大学に行ったのはもうずいぶん前ですがそういう状態。
高校までと違って、手続きも出席も自分からアプローチしていかないと誰も面倒を見てくれません。なので、本当に自分が取った手続きでよかったのか、単位を数え間違えてないか、不安…。ましてや講義に行く姿勢もイマイチ。バイト中心で、「単位のため講義は出席のみ」とかナメたことをしていたので、勉強しているという実感も薄いままです。

もちろん、興味のある勉強ができるからという理由で大学に行った部分はあるんです。ただ、勉強したという手ごたえは不十分なんでしょう。そしてなにより、気持ち的にやり残したことが山ほどあります。なのでそういう拷問のような夢を見続けます。

…ですが、そろそろここら辺でその夢を「現実の自分」が終わらせていってもいいんじゃないかと最近思っています。夢とはいえ、つらいですし。

なんかね、最近不思議と、会う人会う人が今までしなかった新しいジャンルの専門知識を教えてくれたり、アカデミック寄りの動画が目に入ったりするんですよね。そしてそれに興味をもって、自分で調べたり積極的に本を読んだりしている。
脳みそはね、若いころより衰えてる実感バリバリなんです。なんせ少し本を読んだだけで眠くなる。でも、得た知識を実生活に照らし合わせて、なんとなく言いたいことが感じられる。若いころはアタマだけで暗記したり分かった気になってなにも身についてなかったことが、体に直接入ってきて面白いと感じられる。なんなら、学生時代もっとも苦手としていた算数(数学)に興味を持ち始めている。

ようやく、ようやくホントに楽しい年代がやってきたのかもしれません。

そして年を重ねた後の最大の武器、「わかった気になる」技が今はあります。とりあえず感覚だけつかんでわからないなりに次々情報に触れていけば、後でなんとなく繋がっていくという感覚だけは知っているので、難しくとらえずに進んでいけます。

大学時代、施設内に大きな図書館がありました。その時、「読めるならここにある本全部読めたら楽しいだろうなあ」と思った記憶があります。

って思ったことがウソみたいに、読むという努力を続けないまま40代まできてしまいましたが(苦笑)。今でもたくさんの本を理解できたら楽しいだろうなあという思いは変わってません。そんで、昨年そのことに気づいてからはジャンルを超えて手当たり次第に本を読み始めています。まあ、めちゃくちゃ遅いのには変わりないですが、そこからまた新しい引き出しを作って少しでも何か書いていければいいなあと思っています。

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