いたいから、そこにいる。

悩んだとき、そして、もがいてももがいてもそこから脱出できないとき、視点をガラリを変えるひとつの発想があります。

それは、

・私は、いたくて仕方ないからここにいるのかもしれない。

そういう発想。
とんでもない!という声が聞こえてきそうな発想です。

 ※ちなみに漢字で書くと、「居たくて仕方ない」。

悩んで、苦しんで、もがいて、一日でも一秒でも早くそこから脱出したいと願っているのに…!こんなに対策しているのに…!こんなところに居たいわけがない。

私も、脱出できないときほど、強く強くそう思っていました。

しかも、一度この発想法で脱出できたにもかかわらず、数年経つと、また違った場所で違った理由でそんなことを思って悩んでいたんです。「こんな場所、居たいわけない…!」と。

ちなみに、最初にこの方法で悩みから脱出できたのは、営業の仕事をしていた時でした。
私は入社して一度だけ、それなりの成績の成績を出したにもかかわらず、その後の成績はずっと低空飛行(というか飛んですらいない)。上司から怒られる⇒ヤル気を出す⇒でも低空飛行。それがだんだんと茶番になってきてました。なんで成績が出ないんだろう…。いろいろと頑張って件数をこなしたり、スキルを上げてるつもりなんだけど…。

そう思ってたある日、この発想が頭に浮かんだんです。

・私は、いたくて仕方ないからここにいるのかもしれない。

………!!!

それまでフラフラと浮遊していた魂が、ガチっと何かにハマったような感覚を覚えました。

私は、「できない人」を演じたくて演じていたのです。当時扱っていた商品は教育システムで、そのウリも理解していたつもりだし、勧めるべきものだと思っていたし、それを上手に売れるようになった暁には、私もどこででもやっていける人間になるに違いない。そう思っていたつもりでした。

…でも、心の底の底にはウソはつけなかったんです。

実は私、その商品を使ったお客さんが、本当に良くなるということを納得できていなかった。私はもういい大人だったんですが、自分の反発心の方が上回っていたんですよね。その教育システムを使って、社会に適合する人間になることがどうしてもどうしても、最後腑に落ちなかった。こんなん、めちゃ個人の嗜好に過ぎないのですが。だから、頑張っているのに売れない人になってしまっていたんです。しかも、当時の私は今と段違いに承認欲求が強かったので、その個人的嗜好を殺して仕事を優先することができなかったのです、おそらく…。

※ちなみに、営業という仕事自体はおそらく今もそんなに得意じゃありませんが、心底何かの商品を良い!と思ったときに、いつの間にか売れていたという経験はいくつもしています。だからこそ、この例に書いた仕事の時はほんっとに納得してなかったんだなあと今になってわかるんですよね。

この例に限らず、何をやっても脱出できないときって

・私は、いたくて仕方ないからここにいるのかもしれない。

がけっこう当てはまることがあります。
つまり、その一見不幸な状態から逃れるよりも、そこに居続けるメリットの方が上回るんですよね。ちなみに、さっきの営業のときのメリットって結局、承認欲求が満たされてる気がしていた、というところ。会社の人は私を鼓舞する必要がありますから、上手にやってくれていたんでしょうけど…根底で利害が噛み合わないと不幸ですよね…。
というか私が未熟でした。本当にすみません。

で、その後も「いたくて不幸な場所にいる」ゲームを懲りずに何度か繰り返して。やっとゲームに入らずにいられるようになりました。最終的にはね、悩みから脱出することがキモじゃないんです。そもそも「不幸な場所にいる」ゲームになりそうなところにはわざわざ近づかないのが吉なんです。
それを最初から嗅ぎつけるには、人によっては多少の人生練習がいるのかもしれませんね…。なんせ、そのゲームは「メリット」の顔をしてやってくるんですから。

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