すぐに幸福感を得られるいくつかのシンプルな方法。

どんなにエネルギッシュな貴女でも、月1回くらいは突然何も言わず、休み倒したい日があるだろう。そう、この2日間はそれだった。まあ私はそもそも、いつだって寝てられる自信はあるんだけど、それを言い出してはキリがない。

タイミングよく休む、というのがいかに大事かを痛感している。「そのとき」と思える1時間の休みが、後の3連休にも匹敵することがある。誰しもが安心して「そのとき」を休むにはどうしたらいいのだろう。まだ答えは出ていない。

私は昨日、午後に思い切り眠気がきて、4~5時間動けずに眠っていた。1時間ちゃうやんかい、というツッコミはナシで。身体も鉛のように重かった。ただ、起きてからのパフォーマンスは最高だった。

いつも細切れ時間にやっているSOHOのライター的お仕事があるんだけども、ガツっと休んでからは、いままででいちばん短い時間で、いちばん密度の高い量をこなせた。プラス、いつも考えなくていいことまでアレコレ迷って、ムダに時間を費やしてたんだなということも分かった。まあやり始めたばかりの案件なので、慣れてきたといえばその通りなんだけども。思考がモヤっている時は、何時間かけてもそういうことすら見えてこなかったりする。

それと、どうでもいいことだが、いつも必要以上に食べて気をまぎらしてたなということもクリアに分かった。
いま、食べる必要があるかないか。こういうささいな判断も、「そのとき」に休めているのといないのとでは明快にちがう。疲れていたら、判断できずに補ってしまう(イノチ大事だからね!)。
なので今日は、お白湯を多めに飲んでヨーグルトを食べて生きた。お腹が明らかに減ったのは夕方だった。おおむね、だいじょうぶだった。むしろ、消化に余分なエネルギー使わずに済んだのだった。

こないだの記事で、「感情の波が静まるにつれて、ニセの願望がなくなる」的なことを書いた。ちょっとした食欲も、ムダにぐるぐる考えて気を使ってしまうことも、ニセの願望のひとつかもしれない、と思う。
「そのとき」に休むこと、そして「必要なタイミングで必要な分だけ」食べること。こういうシンプルなことが叶うと、別のやたらとデカい願望にも匹敵する幸福感が得られる。その結果が、人よりすぐれているかどうか、人によいと思われるかどうか、なども別にどうでもよくなるんだわ。

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ちなみに、昨夜は寝る前に瞑想をしてみた。CDの音源にガイドがついていて、その通りにイメージしていったらリラックスできるというものだ。↓

ちょうどメルカリでその本が売れたので、音源だけとっておいて久々にやってみたのだ。自分的にはこの本と音源、あまり続かなかったかなと思っていたが、久々に聞いてもそのガイドの流れはあらかた覚えていた。けっこう、忙しいなりに取り組んだんだなと思う。今聞いても別に古く感じなかった。

そして、瞑想状態になりながら、思った。
ここ最近の私は、瞑想の静かな状態に限りなく近く生きてるな、って。私の瞑想状態がどんだけ正しいもんかは分からないしどうでもいいのだが。以前はこの静かな心の状態が、「そういう時間をあえて取って」やらないと手に入らなかったことだけは確かだ。急ぎたかったというのも、あるかもしれない。
それでも、時々思い出して 「この状態」 に入ろうとしていたからか。いつしかそれに近い状態が、日常になった。
そして、 「この状態」 が誰しもひとしく、とくに道具もお金もひつようなく、幸福感を得られる方法のひとつなのかもしれない、とあらためて思った。

心が平和な状態になれること、他にいくつあるだろう。毎日、それを選択していこうと思う。

Photo by The Creative Exchange on Unsplash

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