自分のペースを取り戻して、シンプルになろう。

今日、このブログの過去記事を見返してみた。

このブログは、立ち上げてすぐ軌道に乗ったわけじゃない。最初しばらくはスムーズに記事を書けていた気もする。けどその後、自分のかんがえてることに根本的な揺らぎがきたタイミングがあって、がっつり更新が止まってしまった時期がある。

そのタイミング辺りに書いてた記事が2016年のコレ。
⇒ 新たな世界を発掘し始めました。

〈最近また、このブログを立ち上げた当初からは少し私の方向性が変わってきてます。〉という文から始まっている。そして、たしかに変わった。それ以前に書いた記事とか、撮っていた動画とか見返してみると、妙にスピード感や言い切ってる感があって、今となっては笑える。そう、ちょっとした違和感を感じるようになっている。
そして、今と当時とのいちばん大きな違いはなにかというと、だんぜん今の方が心穏やかに過ごせているということだ。

その理由のひとつが

◆他人の背中を追うことをやめた

ということだ。つまり、「あの人のようになりたい」とか、憧れたり猿マネしたりということを一切やめたんだ。無理強いしてやめたわけじゃない。ほんとうに、ほんとうに、他人の背中を追うことに限界を感じたからだ。(※実は、8年くらい前にも同じような心境がおとずれたことはある。本当に他人にはなれないんだ、って気づいたタイミング。今回はさらにもっと、根本的だったな)

ええと、いちおう書いておくと、スキルや技なんかは人のをマネした方がすぐ習得できるから、そういう学習はもちろん、必要なときは必要。これまで築いてきた人間の智恵や歴史をムダにせよ、ということではない。

ただ、そういうスキル面をマネをしているうちに、いつの間にか考え方や生き方まで、無理に他人に寄せてしまう人がいる。そして知らないうちに、自分にとっての正解とか快適とかを感じる間もなく、まるっとインストールするだけになってしまう。下手したら、そこから自己否定が始まる。それも、知らないうちに、小さなことから。
だから、そこを線引きしよう、と思ったってこと。

自分にとって大事なことは、あくまで「自分の感性で感じること」からはじまる。他人の背中を追っているうちは、その感性を黙らせてしまいがちだ。誰それがいいというから、という理由で動くから、自分がほんとうにそれを好きか、心地よいと思っているか、美しいと思えているか、は二の次にしてしまう。だんだん、なにがしたいか分からなくなってくる。当然。

本当は、自分で自分の感性を肯定していたい。自分なかなかいいじゃーん。と思いたい。きっと多くの人がそうなんじゃないかな?違う?それができない、やってはいけないと思っているから、その代替品として他人の背中を追う。そうすると、その人に合わせるのに忙しくなるよ。あちこちに行って、その人に賛同する姿勢を取ることに必死なんだもん。そりゃ、なにがしたいか分からなくなるわ。お金もなくなるわ。

そろそろいろんなことに限界を感じ始めてる人は、それ=他人の背中を追うこと=をいったん、全部やめてみたらいい。
ああ、限界を感じてからでもいいよ。そこに何かあるかも、とまだ思えてたら本当の意味でやめれないから(私も8年前はまだそれだったわけでw)。

やめたら、自分のペースで歩む以外なくなる。世の中に「真実のペース」なんて存在しないことが分かる。なんだ、真実のペースってw Aさんのペースは、あくまでAさんにしか分からない。自分のペースだって自分にしか分からない。実にシンプルだ。

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