やることを減らせば自然と余剰も生まれる。

前回記事↓
人生黒字化計画
の、続きを書こうと思う。

 

要約すると、

◆1分でも1円でもいいから、明日への余剰を残す。

という生き方のコンセプトのことだ。時間やお金はあくまでたとえ話で、他にも言いようがある。

たとえば、寝る前1時間に「まだちょっと作業ができる余力があるな」と思っても、あえて紅茶でも飲みながらボーっとして過ごしてみる、とか。あるいは、そのまますぐ寝てしまう、とか。友達の、長すぎる悩み相談メールに返信してるとき、しぶしぶ「休みだし聞いてやるか…」と思っちゃうならば、早めに切り上げるよう促す、とか。すり減らすまで使い切ってしまわずに、ほんの少しでもいいから残して翌日を迎える、ということがコレに当てはまる。

余剰を残すために必要なことは、もちろん人によって違っている。
ボーっとするくらいなら本を読みたい人もいるだろうし、メールすることがなによりリフレッシュになることもあるだろうし。また、いつもはそれがいい方法だとしても、日によって気が向かないこともある。なので、常に繊細な目で自分を見て決める必要はあると思う。すべては、「自然と気乗りする状態」でやっているかどうか、だ。

 

そして、自然と力まずに気乗りしないなら、ひたすら休むに限る。世の中では、「休みすぎると怠け者になる」という説がけっこうまかり通っているように感じるけど、休みすぎということは私個人の体感からすると、ないと思っていて。数か月ものあいだ、毎日寝てるのに眠くてしかたがない、やる気が一切起こらない、そういう時は蓄積疲労がまだまだあるってこと。そんなのは数日や数十時間寝続けたくらいで解消するものではない。
ほんとうに休み足りていれば、エネルギーに余剰が生まれる。余剰がある一定を超えると、なにもせずいることがタイクツ過ぎて、少なくとも(役に立つかどうかは置いておいて)、なにかはしたくなる。そういう私の体感のもとにこのコンセプトはできあがっている。

そして、余剰がある状態でやったことにしか、最大のパフォーマンスは生まれない。そんな気がしている。

行動なんて数打ちゃ、いつかはホームランも生まれるさ。ではないってことだ。

 

だから、まずは

◆1分でも1円でもいいから、明日への余剰を残す。

ということだ。余剰を残すのがなにかしら辛いならば、やることをとにかく減らそう。やらなきゃいけないと思っていても、可能なら明日に伸ばそう。明後日でもいい。そして、自然に生まれる行動があるなら、それは役に立たなかったとしても今すぐ手をつけよう。モチベーションなんかいらない。

無理やり沸かしたモチベーションなんてのは、コストがすごい。私も一時期は、イヤなことやつらいことへやる気を起こすための、いろいろな工夫を凝らしていた。本、セミナー、アファーメーションや人脈、パーティ、ジム通い、資格取得や習い事。でも、それって本題じゃないでしょ。ほんらいやろうとしていたことの助走に過ぎないこと。下手したら助走の助走。

それをやるのに、そもそも何円かかり、何時間かかり、どんだけのエネルギーを消耗し、どれだけ気を遣えばいいのか、計測してみたことはあるだろうか。完全に赤字だ。赤字ということは、それを補って余りある量を取り戻さなければ、黒字はあり得ない。ひとことで言うと「大変」である(笑)。

 

ちなみに、上記の本、セミナーetc …というのが全くもってムダだと言いたいわけじゃない。自分の器で、ごくごく自然に、余剰が出せる分だけやろうってこと。それ以上のエネルギーをかけちゃダメってことだ。
これがどれくらいのもんなのか、塩梅がはじめから分かるわけじゃないのが辛いんだけどね。しかも、モチベーションを沸かした状態というのは脳内麻薬もあいまって、(ほんの)一時期は非常に気持ちいい。よけいな万能感も生まれてしまう。だからこそ塩梅がわからないし、適度で辞めにくのかもしれない。

でもひとつ言えることがある。そうやってあの手この手を打って走り回っているのに、今げんざい余剰が生まれてないならば。やることをまっさきに減らそう。手に入るものが少なくなっても、出ていくものも同時に(あるいはそれ以上に)減るはずだ。お金、時間、エネルギー、気遣い。得るためにどんだけのもんを消費しているかに、まずは自覚的になろう。

私の分かりやすい例でいうと、時給のいい都心に時間と交通費をかけて行ってたときよりも、家から至近距離の、最低時給の職場に変えたときの方が、手元のお金が増えたことがある。勤務時間もグッと減らして。カンタンな話、交通費もランチ代も、ストレス解消代もいらないから(笑)。得ることのみに必死になっているときは、それくらいシンプルなことに、気づかない。文字通り、必死。

 

やることを減らす。

そう、カンタンに言うけれども、これが心理的にも、人生プラン的にも、人間関係的にも、さまざまな痛みを伴う人は多いだろう。だから、タイヘンタイヘンと言いながら日々走り回っている人は絶えないんだわ。ほんとうに、このシンプルな決断は勇気がいる。誰にとってもカンタン、とはとても言わない。

しかし、私の今の結論は、「人生は黒字であればいい」。このコンセプトは、取り組んでみるとかなり味わいい深いものだった。その代わりといってはなんだけど、深い安心感に包まれてすごす日が圧倒的に多くなった。またのちほど詳細を書いてみる。
ブログに向けたいくらい、気持ちの余剰が生まれたならばねw

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