飽き症な私が、長続きするためにやってみた工夫。

知識を深めたりスキルを上達させたいと思ったら、同じことを繰り返してやったらいい。

ええ、分かりきっていることだ。でも、すぐ飽きる。これも長年の経験から、分かりきっていることだ。これを繰り返しているうちに、何もチャレンジする気が起こらなくなってしまう。

私もそういう自分だった。
で、ついにやることがなくなったw バカである。そこでまた改めてスタート地点にたどり着いた。

知識を深めたりスキルを上達させたいと思ったら、同じことを繰り返してやったらいい。

ほんとコレしかないんだわ。
「このテクニックさえ知れば一足飛び!」っていうのが世の中にはあるかもしれない。で、知る。でも、知った後は結局、またそれを繰り返すしかないのだ。そして、その「一足飛びテクニック」を教えてくれた人はどうやってきたたかというと、これまた地道に同じことを繰り返してきて、そのテクニックを発見している。それをやらない限り、その人には追いつけない。

それが身にしみて分かったから、やることを見つけたらとりあえずは、しがみつくことにした。しがみつくというのは、三日坊主を繰り返してもいいから、つづけるということ。つづけるというよりも、完全にはやめない、ということかな。
三日坊主 ⇒ 一週間空く ⇒ また三日坊主 ⇒10日空く⇒また三日坊主 ⇒ …とやっていくと、それなりのリズムになる。

そうやってリズムを刻んでいると、やる気が再発するタイミングというのが見つかってくる。そのタイミングに何が起こっていたかをよく観察すると、自分にとって何が「燃料」になっているかが分かる。

ここまでくると、その「燃料」をタイミングを見てこまめに与えていけばいいんだなということが分かる。あたえていくと、飽きたころにまた新しいエネルギーが吹き込まれる。また動き出せる。結果的に続いている。

その「燃料」はコストが高すぎても、一気に与えすぎてもいけない。毎月海外旅行に行けばやる気になる…!としても、最初にやるにはちょっとスパンが大きいし、その「燃料」自体が続くかどうかの方が問題になってくる(本当にやる気になるなら、本当にそうできるような仕組みをつくっていけば全然問題ないけど)。
小さな動きで補給できる「燃料」。これを見つけて与える、で、続くようになってきたら、大きな「燃料」をあたえてもモノにできるようになっていくんじゃないかな。

もしくは、その「燃料」の抽象度を上げてみる。「燃料」がモノだとしたら、そのモノにまつわるどんな体験がキッカケとなっているのか、そこにはどんな感情が湧いてくるのか。これが見えたら、それがエネルギー源。必ずしも同じモノを与え続けなきゃいけないってことはない。

 

ちなみに私の場合は、その「燃料」はフレッシュな驚きとか、感動とか、ちょっとした新知識だったりする。これがあると、窓が開いたようにいろんなギモンや試してみたいこと、調べたいことが湧いてきて、やる気につながる。

こないだも、自分のインド料理に多少飽きかけていたときに、いつもと違うスパイス店に行って、これまで買ったことない調味料を手に入れてみた。それだけで、いろいろ試してみたいという欲求が湧いてきた。

ほかにも、新しいレシピ本だったり、新しいYouTube動画だったり、まったく違うジャンルの料理をやることだったりと、時によって「燃料」はいろいろだ。

 

そういえば、個人的に長く続いているのは、毎晩寝る前のヨガだ。
最初の2年はイヤだと思うことも多かったけど、今はやらない方が不思議なくらい。ときに筋トレ、ストレッチ、ツボ押し、など身体を見る方法をいろいろ変えてみたり、1ポーズだけでやったことにしてみたり、BGMを変えてみたり、照明を変えてみたりして、4年くらいは続いてきた。

 

もちろん、「燃料」以前に休むことも離れることもだいじ。それについてはこちらで。
⇒ 動きが止まることを恐れないこと。

 

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