焦りに振り回されそうなときって、どうする?

ふだんの生活で、なんだか焦りがたまってくるときってないだろうか。

冷静に考えたら、何も変わっていないのに。
周りの人の状態もいつもと同じ、今日のスケジュールも普段と変わらないのに、なんだかやることに追っかけられて、はちきれそうになったりするとき。ないだろうか。もしこういうことがあっても、「ああ今日は私、キゲン悪いなあ」で済ませてしまったりする。

感情ってのは誰しもアップダウンがあるんだろうけど、私はこの“焦り”が人より強力だった気がする。今ではほとんどなくなってきたけど、起源をいうなれば、小学校くらいの頃からどこかしら焦っていた。場合によっては、「遊んでいる場合じゃない」と思っていることすらあった。

客観的に当時の生活を思い出すと、団地ぐらしで、近所の友達同士でなかよくして、ときどき母親同士が誰かの家でお茶したり、趣味のお教室みたいなことをしてた記憶がある。ごく普通の、のんびりした平和な暮らしに見えただろう。なにかに焦らなきゃいけない理由など、なさそうだ。

でもなんとなく、今いるところが居心地が悪い感覚も同時にあった。「早く人生をなんとかしなければ大変だ」、という思いが私にあったんだろうな。そして、当時感じていたような閉塞感は、今、日本の社会全体に感じるなにかにとても似ている気がする。
この正体のひとつが、「不足感」だと思っている。

焦りは怒りにも、変わりやすい。逆にこの正体が分かっていくと、むやみに怒ることも少なくなり、平和でいられる可能性がひとつ増えそうだ。

この焦りを真正面から自覚し、ひもといていくと、

今いるところが居心地が悪いという漠然とした感覚

そこを見たくない、そこから逃げたいために焦ってなにかをする。

こういうような構造が見えてきた。“漠然とした居心地の悪さ”を見ないように、何かに取り組んでしまう。その結果、その居心地の悪さの原因が分からないまま、水面下でどんどん蓄積されて「焦り」に変わる。ここではないどこかへいきたい。私ではない何かになりたい。今やってない何かをやらねば。そういう思いの集合体だ。
こういう状況のままで、ゆとり時間をつくろうとしてもうまくいかない。ゆっくり休もうとした結果、むしろソワソワと落ち着かなくなって、ヘタしたら罪悪感にとらわれてしまう。

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これに対して、少し対応を変えてみよう。
このブログでもときどき提案している、感情解放のステップで。

今いるところが居心地が悪いという漠然とした感覚

ほんとうは今の自分に不足を感じている、または何かに感じさせられていることを自覚する。

かなしい、がっかりした、つらかった と、あらためて感じる(私の場合はこういう気持ちがでてきた)。

不足からやっていたことをやめ、今の現状にまずは、落ち着く。満たされているところに目を向ける。

コレを繰り返してみよう。セラピストなどの助けがいるかもしれない。 繰り返していくと、「 今の現状にまずは、落ち着く。 」が自然とできるようになる。むしろ「それしかないじゃん」、という感覚になる。地に足がついたような感覚が、心で味わえるようになる。
そして次に、やることが見えてきて、やるべきことがグッと減って、ラクになってくる。不要なことは、感覚でつかめるようになっていく。やってみたら分かると思うけど、「つかめる」としかいいようのない感じね。

最終的には、ほんとうに「自分にとって」大事なことだけが残っていく。

日常生活が“大事なエッセンス”の集合体になっていく。めちゃめちゃ平和になるよ。なんであんなにジタバタしていたか分からないくらい。

自分のペースで生きられるって、すごくピースフル。そして、できることはむしろスピーディーにできるようにもなってくる。人のペースを咎める必要もなくなってくる。

こういう話を、また別の角度からしてみました。1年ちょいぶりの、ひさびさの夫婦で撮った動画。
ちなみに私たち、動画編集のスキルがまったく上がらないので、あえてのノンストップ・ノー編集で動画上げてます。
そんな感じなんで、エンジンかかるまで、まあまあ撮り直してますw


【うまみ発掘会議。10:のん気のススメ。】

Photo by Fabrizio Verrecchia on Unsplash

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