可動域が思考域

サムネのヨガのポーズ、すごいな。さすがにマネようとは思わぬ。
Photo by Indian Yogi (Yogi Madhav) on Unsplash

 

毎晩、寝る前に旦那くんとヨガをやっている。
始めたのは4年くらい前だけど、その当時はほんと身体ガチガチだった。ちょっと前にかがんだだけで「ギャーーー」と盛大に叫び声をあげるくらいだった。カゼでもないのに、原因不明の頭痛で何日か寝込むこともあった。エネルギーの循環が起こってなかったんだなぁ、と。
アタマと筋力でなんとかしようとして、エネルギーがとどこおってたらしい。あ、いうほど筋肉なかったけどww

学校や会社や、集団生活・毎日同じ繰り返しをしていると、おもっている以上に身体って閉じ込められている。家を一歩出ると、好き勝手にフラフラ歩くことや突然踊りだすことはゆるされないみたいな空気ってある。そうだよね、私だって突然みちばたで踊りだすひとがいたらビビるもんww

でもそういう同じ動きばっかりを繰り返すことで、知らずに身体はかたまってたんだなぁ、と思ったり。ヨガを始めた当時は、そこそこ自由に動いている自覚はあったんだけどなぜだろう。おそらくは、それまでの人生において「危なくない」と感じる範囲での自由に過ぎなかったんだろう。ほんとうはさまたげられている動きがあったんだ。

その、ガッチガチの身体が1段階、1段階とゆっくりとほぐれていくにしたがって、視野もひろがってきた。視野を広げようとしているんじゃない(ここ全然違う!「広げよう」としてるときはぜんぜん目に入っていないw)。そうじゃなく、自然と興味を持てることが増えた感じだ。思考回路もやわらかくなった。予想外のことが起こっても、「ふーん、そう」とのんびり構えることも多くなった。思い返すと以前は、狭い道を「これしかない!」とつなわたりのようにギリギリで渡ってたように見える。

たとえば個人的な例を出すと、うちから一番近い都心部から電車1本で最寄り駅まで帰れる。地下鉄使ったら10分そこらなんだけど、わざわざとちゅうで普通の1駅1駅止まる電車に乗り換える。30分はかかる。でもすいた電車だし、広いので空気もいいし、ゆっくり景色みたり、寝て帰ることもできる。帰り道はむしろ、エネルギーが復活していることすらあったり。

これがかつてのようにいそがしくしていたら、やらなかっただろう動き。動きとしては、乗り換えたり、時間もかかるしムダも多い。でも、心が動くならその動きに合わせる。こういうちっちゃなことを許せるのが、自由な動きというんだろうな。身体の可動域が増えると、思考や感性のうごきも広がるんじゃないかな、と期待している。実際に、意図せずに趣味も増えたし。

 

で、ダンスもやり始めた。ちょうど1年くらい経った。身体の可動域を別のやりかたで広げていける気がしている。


明日、初発表会。

 

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