特段お金をかけずとも、豊かな気持ちを醸成する方法

特段お金をかけずとも、豊かな気持ちを醸成する方法がひとつ、見つかった気がします。

それは、特段、得意でもないこと、でも興味のあることにじっくりトライしてみる、ということ。

得意なことは成果が出しやすかったり、人の役に立つこともあるので、優先されがちだと思うんです。得意なことのチカラを優先して伸ばした方が、結果や満足感が得やすい。これ、納得いく人は多いんじゃないでしょうか。

ですが、ある意味そのスピード感が日々を効率化に追い込むこともあると思うんです。

うん、確かに効率化っていいことだ、得意を伸ばそう。
…と思って30代途中までやっていたんですよね。でもなんかがおかしい。どんどん得意を伸ばして、どんどんこなせるようになっていってる気がするのに、全体としてエネルギーが先細ってる…???なんか心の豊かさがどうも実感できない…???なんか同じことの繰り返しをしている、私…???という感覚も同時に湧いてきたんです。

ココロが機械みたいでした。

そもそも得意が序盤に伸びるのって、不得意なこともやっていた歴史があったから。
不得意なことの伸びないくやしさのエネルギーや、なんだかんだそこで得たものの活かせなかった経験の活かしどころになったり。そういう雑味いろいろが相まって、結果的に得意なことが伸びていくと思うんですよね。

だから、なんでも経験だからやろう…というととてもボンヤリとした論にしかなりませんね。
私がやってよかったのは、「下手の横好き」と思い込んでることに時間をかけてみること。少なくとも、好きであるからにはそれだけで、やることに意味があり豊かさを感じることができると思います。

私の場合、それが
ダンスとか(運動自体、子どもの頃からのコンプレックス過ぎて、無理やりにでも時間を作らないとやりませんでした)。
料理とか(味オンチコンプレックスがありましたし、最初は疲労感もすごかったですね)。
ゲームとか(20ウン歳くらいでまったくやらなくなったので、大人になって改めてやると難しかったことのひとつ)。

そういう、「ちょっとかじるくらいはしてみたいけど、下手過ぎて時間の無駄になったらツラい」と思ってたこと。
これをやることで、得意になったとは言いませんが(笑)、少なくともそれぞれが生活の中心のひとつを占めるまでに幅が広がったと言えます。そして、それが呼び水になって他のことにも興味が向いたり、昔好きだったことを思い出したり。つまり、地道にポツポツとただやっているだけなのに、心が潤って、(日常に必須の)仕事や家事や人間関係に、少なからずいい気持ちの波及効果が拡がっていってる、という実感があります。

特段、得意でもないこと、でも興味のあることにトライしてみる。

これってとても地味な時間なので、時々迷いのココロの声がします。「やったって何も得しないんじゃない?」「そんなたいそうなこと成し遂げられないでしょ」。
でも、それは将来なんか褒められたり儲かりまっせというボンヤリした欲望の声に過ぎない。
興味があるということは、やるだけで完結なんです。やることそのものがもう、得ていること。

そこで生まれた素朴なギモンとか刺激された感性とか、自分のニーズを満たした経験とか、そういうのが後々、日常ルーティンや得意分野にも生きてくると思うんですよね。これが、私が豊かな気持ちを醸成するひとつの方法です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。