周りがどんなに変化しても拠り所になるもの。それが【自分美学】

このサイトは2016年前半に立ち上げました。

最初は記事のテストも兼ねて、過去記事をリライトして置いてたんですが…しばらく寝かせてみると違和感があちこちにあったので、結局全部消して。

やっぱりこれから生まれてくる自分を、あらためてここに表現していこうと思いました。

今のタイトルは、『【自分美学】のススメ。』。

これ実は、2014年くらいに別のブログにつけていたタイトル。表現したいことが変わるごとにタイトルも変えていたので、もう過去のものになってしまったんですが。今になってふと、【自分美学】って自分も含めて、改めて見直す段階じゃないかな、と思ったんです。

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今年の中盤に過去記事が古いと感じてしまったのは、もちろん私自身の感性の変化もあるんですが…それだけではありません。

今年に入ってますます、「確かなもの」と思われてきた価値観や美意識がどんどん崩壊しているな、というのを感じています。トレンドというのは、前時代の否定や不足を補うカタチで表れてきますが、そのサイクルが早くなりすぎている感覚なのです。

AがダメならそのアンチテーゼとしてBが勃興する。でもそのBにも不足や見落としがあるため、そのジンテーゼとしてCが広まる…。でもそうやって進化する一方で、Aの頃によしとされてきた美徳が失われたり…。それが毎月のように目まぐるしく起こる。

もういったい、何がその時代を表すものかすら不確かになっています。個人単位では、次に何に向かっていったらいいのかなんてわかりようがない。

そこで、生き延びる手段として、「どんな価値観もアリ」という発想もあるかもしれません。でもそれも、少し度が過ぎただけで単なる主張のない八方美人にも見えかねない。

そんなときに、【自分美学】を日ごろから育んでいると、刹那的に人に合わせたり、一瞬の大きな流れに飲まれて方向性を見失ったり、ということが少なくなります。

と同時に気づいたこと。

【美学】という表現だけに、自分の感性を持っている人は見た目にも余裕を感じられ、美しいなと思ったんです。表情も、姿勢も、人づきあいも、服の選び方から行動パターンまで。むやみに新しいものに飛びついたり、人の意見を取り入れたりせず、ゆっくり咀嚼します。自分のこれまでの感性と突き合わせます。扉の開け閉めがちゃんとできているという印象なんですね。オープンな必要があるところでは開け、閉めることも忘れない。

この、咀嚼の時間をしっかりと取れていたら、確実に【自分美学】は育っていきます。

新たな価値観や流れが入ってきたときに、まずは自分に問う。次に人から見てどうなのか、人にどういう影響を与えるのか、を想像する。そうやって試してみて、取捨選択して、取り入れていきます。

【自分美学】があると、気持ちにゆとりができ、周りで何が起ころうと、人が変わろうと、ゆとりをもって、大切なものを育てていくことができます。感覚的な時間のスパンが広くなり、数か月単位でやったり辞めたりしてきたことを、10年単位の視野で地道に行うことができます。目先の利益やお金に振り回されることもなくなります。

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◆何が本当に自分にとって心地よく、美しいかを知っている。

これが、千差万別ある価値観の中で、自分を生きる方法だと思います。

年齢や経験を重ねることに、その【美学】の内容も変わっていくだろうけど…唯一確かなのは、それが、「その瞬間の自分自身から生まれた」ものだということ。これに正直に生きていくことができれば、変化したとしても根底は揺らぎません。そして、もっと言うと「自信」とかも別に必要なくなってきます。(※私は「自信」って言うコトバの表現には、どっか他から与えられたもの、というイメージがあるんですよね) 自信があるかないかとか、自分を生きるのにカンケーないから。

私は、ガンコと言われようが、必要なときに自分美学を発動させられる人が好きです。また私も、ときに自分美学に背いてほんの少しのウソをついてしまったとき、その些細なことが許せなくて後で苦しむことも何度もありました。

だから、私なりの基準を忘れないでいたい。そう思って文章化しています。

 

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