「身につく」ってどういうプロセスをたどるんだろう。

 

先日、初のダンスの発表会を無事終えた。

発表会のそもそもの主旨は、レッスン生同士の披露の会、という内輪のものだったから参加できたのだが。
私個人においては、それっぽい恰好をして「止まらずに」踊るのでいっぱいいっぱいくらいのレベル。つまりダンスという形にようやくなったかな、くらい。そんなわけで、いろんな意味でとても人さまに見せれたもんではない。
ただ、それでも今のいっぱいいっぱいをいちおうカタチとして出すのが久しぶりだったので、気持ちよかった。

始めたものが身についていく過程は、何度やってもおもしろい。ひさびさにその初期状態を味わっている。じゃあ、どうなったら「身についた」というんだろうか。そして、いちおう「身についた」ところから、さらなる磨きをかけていくってのはいったいどういうことなんだろうか。
いろんなことをかじっては離れていた時には、これがよく分かっていなかった。イメージとしては、最初から「完全」めいたものがあり、そこに到達したら安定した実力があるものと思っていた。そこにいくまでを苦労と思っている感じ。

ダンスに限らず、各界のプロの人が努力を惜しまないのを見ていると、「完全」めいたものなんて幻想だと分かるんだろうけど…。私は分かってなかった。とりあえずそれなりの完成を目指すばかりで、その先は見えていなかったのかもしれない。と、さいきんよく思うようになった。実際はどこにも「身についた」という到達点などないし、キリがない。んで、キリがないからこそ面白い。という気持ちはここ最近見つけたものだ。

ダンスなんてその最たるもののひとつで、自分の肉体のスキル、見た目はもちろんのこと、衣装、メイク、音楽、振り付け、組みたてなどほんとのほんとに多岐にわたっていてキリがない。

 

*****

 

で、なんの話だったかというと、「身につく」についての話。さいきんたどってきた道のりを思い出すように書いてみると…。

1:まずは先生やお手本を見よう見まねでやってみる。
2:一緒にやって、徐々に似るところまでくる。
3:そして、先生のいないところで一人でやってみる。ここで初めて、たいして身についてないことが分かる。
4:1~3を繰り返して、覚えたり、いちおう一人でなんらかの完結ができるようなところにたどり着く。

ここまでが仮の「身につく」という感じかな。でもこれではまだ自分のものにはなっていない気がする。モノによっては、「資格を取る」なんかも、ここまでしか到達できてない場合がよくある気がする。あくまで自己完結、ってラインなんじゃないだろうか。

で、こっから先を想像してみると…。

5:4までやって、ギモンを持ったり足りないと思ったところを自分で解決してみる。先生だけじゃなく、同ジャンルだけじゃなく、あらゆる世界からのヒントをもとに試してみる。うまくいったりいかなかったりする。
6:5でうまくいったものを、自分に合うように組み立ててみる。
7:人に伝えてみる。見てもらう。教えてみる。
8:人に合わなかったところや、人からもらったギモンを更に解決してみる。
9:自分の器で納得いくまでまず完成させてみる

たぶん、この領域はずっと繰り返していくものなんだろうな。この先があるのかもしれないが、私にはまだ見えていない。

ここまで考えてみると、ギモンを持つことがどうやら転換点のようだ。ギモンを元に、いくらでも発展できる気がする。場合によっては、行き詰まりやトラブルなどもキッカケになる。しょーもないギモンでも持てばいいし、自分に対する疑いでもいい。

以前は、自分に自信がないことにフォーカスばかり当たって、まずは今の自分を認めるというプロセスを踏むことにめちゃめちゃ時間かかっていた。私の場合、30年超はかかったw でも、今は疑ってみたい。ちょっとは、疑いに対しても耐性がついたかもしんない。根底には自己肯定があるし、人に疑われるんじゃないからまあいいだろうw 料理や文章や、身体づくりなんかもこれからはコレをベースに。

p.s.
サムネ写真の衣装がラジャスターンっぽい。こんな素材あるんだね。
Photo by Saksham Gangwar on Unsplash

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