無我夢中のライフスタイルができるまで。その2

望みの本質を掘り下げていくと、「何を手に入れる(物)、どんな人と呼ばれる(肩書き)」、そういう具体的なところにはないんだ、と。前回はそういうことを話してきました。

 

前回の記事ね。⇒ 無我夢中のライフスタイルができるまで。その1

つきつめると、

■それをやっているとき自分はどういう「状態」なのか。

ここに望みの本質があります。

 

たとえば上機嫌で大笑いしている「状態」がいいな、だとすると。会社の仕事や家事育児しながらでもそういられます。自分がそうすればいいだけだから。別に成人しなきゃいけない、とかいう条件もありません。それに、お金がなくたってできますよね。能力もいりません。

たとえば、私の望む「没頭没我」な状態は、むしろ何の条件も揃っていない子供の頃の方が得意だったくらいです。

 

望む「状態」を知り、目指すのであれば…こんなふうに、そもそも条件から自由なはず。

なのにわざわざ自分から条件づけをして「そうせずにきた」んですよね。
あの人のせいでゴキゲンになれない。この環境だからゴキゲンナナメ。この仕事やってるうちは上機嫌でいちゃいけない。などなど…。

 

私自身、望む「状態」をみちびき出して、これに気づきました。なぜなら、将来が心配だから。お金が心配だから。人にどう思われるか心配だから。だから今の状態を手放してまで没頭できない。今すぐすればいいのに、やらずにきた結果です。今すぐできる望みをかなえる、その感性じたいが錆びついてしまっているんです。

 

だから、そこからまた迷走します。「何をやったら没頭できるんだろう」という感じで、「モノ」にまたフォーカスが当たっていったりします。これが去年はじめ頃の私のどん詰まりでした。下手したら、眠るの大好きなのに、明日が心配で眠ることに没頭できない…みたいなヘンな状態でしたよ。病んでますよねw

 

***

 

でね。恐いけどそれ、一瞬だけでもいいから忘れることにしたんです。何かをやると決めたときは、忘れる。没頭する。一寸先にどうなるかなんて考えないどこうと。心配するなと言われても辞めらんないですよね。なら、それが終わってから心配すりゃいいじゃないかと。

で、ためしにカンタンなことからやりました。

皿洗いしているときは皿洗いにがぜん、集中!
早く追えて次のことしなきゃ…と思ったらまた集中!
明日のスケジュールどうだったっけ?と思ったらまた集中!

で、皿洗いにとことん没頭没我。

 

したら、かなり気持ちよかったのです…!「皿洗いを終えた」という、物理的な面はまったく変わらないのですが、やってるとき、やり終えたときのすがすがしさが違う。だってさあ。

皿洗いにとことん没頭没我=毎瞬、望みがかなっている状態

なわけであって。没頭没我の気持ちよさを知っている私としては、いつもいつもほんのちょっと、嬉しくいられるわけです(面倒な皿洗いだぞ、とうすうす気づいてはいるんですがw)。でも、皿洗いという事項は実はどうでもよかったんです。それをどういう気持ちでやれているか。これによって、やっている事項は好きにも嫌いにもなりうるんだなと。

そして、没頭したらいつか終わりがくることも分かりました。楽しいこともそうだし、面倒なことも。大好きな睡眠ですら、満たされたらいらなくなることが腑に落ちて分かりましたw いや、分かんないときは四六時中「眠い」って言ってましたからねw

たとえば、楽しいことって没頭して狂ってやめらんなそう…!と心配しますが、ちゃんと(笑)没頭しきると、やめ時が分かるんです。スッと、追われます。また、面倒なことでも没頭しきることで、思ったよりアッサリと終わることができます。

つまり、望みの本質をかなえると、ちゃんと満たされるときがおとずれる。

コップはいっぱいになったらそれ以上水は入りません。心も同じく。そうすると、人生でアレもコレもと渇望してきたはずのモノが「いらないものだらけだった…!」ということにすら気づいてしまうのです。

 

本質をつきつめるとほしい状態はひとつやふたつかもしれない。なのに、いろんなものが欲しいでしょ?ああなりたいでしょ?コレもいいでしょ?って私たちは思い込まされてきたに過ぎないのかもしれません。

今はまだ、どれもこれも満たされなくてとっ散らかっているでしょうか。それならコレをまずは思い出してみてください。

■それをやっているとき自分はどういう「状態」なのか。

 

ちなみに今の私は、没頭没我を越えて「無我夢中」になれるものがいくつかあります。たとえば、以下のモノがあれば割と満たされるかな(笑)。

・料理に夢中
・レシピ本に夢中
・旦那に夢中
・ドラクエに夢中
・スーパーでの買い物に夢中
・食べ歩きに夢中
・このブログに夢中

コレも別に、一日に一気にやってませんよ。それぞれ、たまーにふれる、くらいでいいのです。

 

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