今を慈しみつつ、未来を描いて飛躍しよう。

年末になりましたが、今年も忘年会には1つも行かないで終わりそうです。
師走なれど、平和な毎日。

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で、思い返せば今年は、「今と未来は両立するのか?」ということがテーマでありました。

私は心理学、精神世界的な面から、世の中を見るのが好きです。
その界隈にいるとかならず、「今を生きろ」的なメッセージが飛び交うのを目にします。

社会にでたら、いやその以前の学生時代から、われわれは未来に向かって努力することを学びます。

「これだけやったらこれだけの報いがあるぞ、だから頑張れ」

そういうメッセージがどこに行ってもつきまとう。ただ、努力に対して報いがあったと、本当に実感できる人はほんの一握りです。

いろいろな理由はあるでしょうが…その大きな原因のひとつが、「今を生きてないから」。

今ネットサーフィンをしながら、明日の会社での出来事を心配していたり。会社にいながら家族との会話を予測していたり。まだ先の忘年会で、どこの席に座るかを心配していたり(笑)。
そうやって毎日を過ごしていても、いつまで経っても報われる実感がない。

じゃあ、自分がやっていることから、直接的に満足感を得るにはどうすればいいか。
まずは今自分が何をやっているかをしっかりと自覚して味わうことが大事です。

たとえば今の私なら…、今キーボードを売っているぞ、手はカチャカチャとキーの感触を味わっており、脳内には言葉が湧いてきてるな。目はディスプレイを見ている。目が乾いたから、ときどき瞬きしよう。さっきお風呂に入ったから手足はあったかいぞ。気分がノってきたし、楽しいな。コーヒーを飲もう。カップに触れる手があったかいな。

極端に言うと、こんな感じです。

毎瞬、ここまでやってられないかもしれませんが(笑)。それでも、えてしてこういう時間を持つことで、日々生きている実感を持つ、という、直接の「報い」を得られます。なにが報いなのかは、やってみて初めて感じられるかと思います。

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私自身も、今年前半くらいまで3年くらいは、じっくりとペースを落として今を味わってきました。
これが板につくと、川辺に座ってただ川をながめていても、満足感が得られますし、白米を食べていてもいつもより美味しく感じられるようになりました。大きなこと成し遂げたときの達成感みたいなエクスタシーが、だんだん、必要なくなってきたんですよね。

でも…。と、ここで思いました。

今の満足感ばかり味わっていても、停滞しだすポイントがあったんですよね。
極端な話、美味しいものを食べて寝てるだけでも幸せなんで(あ、当たり前?笑)、未来に何かを成そうという気が薄れてくる部分もあったんです。ひょっとすると、「今を味わう」ということへの解釈が、間違ってるのかもしれませんが。

言うても、まだ私は30代なのに。
変な話ですが、いちど人生のシナリオが終わったかのような気持ちにすら、なりました。
死にたいとかそういうのじゃないですが…私はここから、何に向かうのだろうって。ええ、まだ何も成し遂げてないのにね(笑)。

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で、こっからが本題。

◆今をじっくりと味わうことと、未来にビジョンを描くことは両立するのかな。

そういうギモンを解消しようとしたのが今年です。

そうすると、以前とは思想がガラリと変化していた自分に気づいたんです。

一日一歩、三日で三歩、三歩すすんで二歩下がる♪

って歌がありますよね。

未来に向かってばく進していた、20代の血気盛んな私は、この歌がビミョーにキライでした。
なんで下がんねん、と。進み続けたらいいやないかい、と。

実際には進んでいるかどうかなんて、感覚でしかないのですが、当時は進まないこと、もしくは亀の歩みでいることがなにより恐いことでした。進んでいる意味がないことなど、ハナから投げ出したらいいのにとすら思ってました。

でも、トータルで1歩でも進むって、実はすごいことなんですよね。

たとえばアナタが高校時代に数学をやっていたとして、そっから1歩でも知識なり実践なりが進んだ人って、どれくらいいるでしょうかね。ほとんどはNOだと思います。数学以外の科目についても、ほとんどのことがNOじゃないでしょうか。

つまり、一歩でも進むほど縁のあることって、よほどできるか、よほどアナタにご縁があるかなんじゃないかって。社会は「右肩上がりなど当たり前」みたいな仕組みでやってきてるので、一見、誰も見向きもしてくれませんが(それもすでにもう、無理がたたって崩壊してますが)、毎日何かをやってるってだけでも、実に0.1歩くらいはカクジツに進んでいるんですよね。

ここに、私の答えがありました。

一日一歩、三日で三歩、三歩すすんで二歩下がる♪

これでいいと。これならば、今やっていることをただ、存分に味わいながらも、未来に向かって進み続けることもできる。今と未来は両立するんだなって。

なにかと、「ビジョンを描いてそれに向かって進む」って言うと1年やそこらで大躍進しているイメージってありませんか。実際そういう人もいますしね。ピコ太郎とか、表向きはそう見えます。

でもおそらくは、その見えてる部分をすぐに手に入れようとしてたわけじゃなく、

一日一歩、三日で三歩、三歩すすんで二歩下がる♪

みたいにじわり、じわりと進んでたんじゃないでしょうか。それどころか、下がったかもしれませんしね。

もうひとつは、進む先の未来は修正可能だということ。
いちど宣言したら、撤回しちゃいけないなんて別に誰も決めてません。やってからわかることがあるし、そのことに、なにもムダはない。

インスタントに、手に入る未来だけを欲するでもなく、
今に満足して、なにもビジョンを描かないのでもなく、

じわり、じわりと未来を描きながら、少しずつ実行する。
周りはカンケーねー。

そういうマイペースさでこれからも楽しんでいこうと思っています。

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2件のコメント

  1. もう前のことですが、精神科の主治医がよく「三歩あるいて二歩さがる。一歩進めれば、丸儲け。」と言っていたのを思い出しました。それは、今でも続いていると思います。

    一時期、何事もない穏やかな日々を幸せなのだと勘違いしていた時もありました。思えばそれはただの現実逃避に過ぎませんでしたが、時に立ち止まり、時に振り返るという所作も無意味なことではないのだなと、今なら確信できます。

    上手く言い表せないけれど、焦って今をないがしろにすることもないのだなと思いました。

    1. ディーヴァさん、コメントありがとうございます。

      穏やかさと、ちょっとした変化や刺激と、その繰り返しがいちばんバランスが取れるのかもしれませんね。
      ついつい、自分の得意な方にかたよってしまうものですが…。
      今をだいじに、立ち止まりながらていねいに過ごしてこそ、未来に一歩一歩向かえるのかなと思います。

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