言葉として棚卸しすると、気持ちが決まる。

感性の鋭い人と話してて思うこと。

彼らはなんとなく空気を共有したり、なんとなく感じるだけで理解を越えて情報をキャッチすることができるってことです。

 

もしかすると、そのキャッチした相手の情報をいろいろ読み取っているのかもしれない。

メールだとしても、微妙な言葉づかい、返信のタイミング、改行の使い方、沈黙、などなどを統合してキャッチしていたり。
直接その人に会ったとしたら、声のトーン、表情、しぐさ、視線、服装、などなど。

それらを自分でも気づかないうちに瞬時に読み取っているのかもしれない。
感性の鋭い人にはその壁を越えて「分かってしまう」という体感が先にあるんだと思います。

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いっぽうで、多くの人は言葉にしてはじめてそのモノなり情報が「ある」ことを確認、実感できるんですよね。書籍なんかが重宝がられるのは、本という紙でできた「モノ」があるし、「言語」として顕されているから。

人は自分がなんとなく感じていることを、「ほんとうにそれはあるんだよ」と実感したいんだろうな、と思います。あなたの思い込みじゃないんだよ、と。言葉でいうと「これ」に該当するんだよ。他の誰かが感じているなにかと同じなんだよって。

言葉には限界はあれど、ある程度明確に伝わるから、そこに価値が生まれる。

だから、誰かが「言葉」にしてくれたら感動するし、イメージを「モノ」に変換してくれたら飛びつきたくなるんです。もちろん私も(笑)。

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自分のことを「自分はこういう者です」と表現していくのも、【なんとなく空間に存在するもの】を【リアルなカタチ】にしてくれる1つのプロセス。

そのカタチや肩書きに縛られる必要はないけど、表現のひとつとして持っておく必要があるんじゃないかと思います。

自分にとって自分は空(くう)みたなものなんですわ。
そのことについては、下記の前回記事を読んでみてください。
自分の魅力を見つけるには?空気のように付き合い続けてる特徴を知ること。

そして自分には、今後、未来も含めていろんな可能性がある。それは今はまだカタチになってないから分からない。って意味でも、空気に近い。それは本質的に正解だと思います。

でも人に伝えるには「自分はこういう者です」という、現段階でのカタチが必要なんです。

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私のセッションを受けてくださる方は、転換期の方が多いようです。

まず最初にお会いして、プロフィールの素となるお話を聴くんですが、それだけでも心の整理になり、変化があった、覚悟が決まった、と言っていただいてます。それはおそらく、なんらかのカタチで「世に出るぞ!」との覚悟や行動のタイミングにあった方だから。

なぜなら、言語化するってことは、曖昧にしていた部分を人の目に触れるカタチにあらわすことだから。いいにせよ悪いにせよ、自分がなんらかのかたちで公に人の目に触れる第一歩だから。

言葉にするってことには、それだけパワフルなエネルギーが伴います。

だからといって、永遠に決める必要はないんですね。
いったん、目に触れるカタチにする。その決めたときから、また自分は変化し始めるから。

言葉にするだけでも、いろいろと見えてくるみたいですよ。

自分の今のカタチを、言葉で見てみたい方はこちらをご覧ください。
 ⇒【プロフィール作成モニター募集】

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