自分の魅力を見つけるには?空気のように付き合い続けてる特徴を知ること。

背が低いことを、けっこうな割合で羨ましがられる。
20代の頃の自分には、それが大いにギモンでした。

私は、身長148cm。
多分、中学生の時には身長の伸び、止まってたんじゃないかと思います。

学校で前へならえをすると、だいたい腰に手を当てることが多い。よくて3番目。
後ろからみんなのことを見渡したいなあ、と何度思ったか。

小さいとナメられる。必要以上に子供扱いされる。
見たいものが見えない。迷子になりやすい。当時、花形スポーツのバスケ等で不利。

コンプレックスのカタマリだった私が20代になったとき、多くの周りの女性は私にこういいました。

◆女の子で小さいってそれだけで可愛がられるよね?
いいなああああーーーーーーー(タメる感じで笑)。

その子達によると、160cmを越えだすと、自動的に(?)男性にナマイキだとか、恐いとか言われ出すらしく。「せめて小さかったら私の人生変わったろうに」…という羨望のまなざしとともに私を見るんですわ。

そうかあ?そんなによくねえぜ。どんだけいじられると思ってんでい。
てか、私なんて1ミリでも大きく強気に見せたくて、がに股大またで歩いてるのに。
子供の頃は背ぇ伸びたい一心で、『背伸び体操』の本まで買ってトライしたというのに。

メンズライクなスーツが似合う背高女子が、どんだけ羨ましかったことか。

と、背の高い女子に言ってもぜーーーーんぜん、聞く耳もたないんだから!!
「デカイ女なんて生意気だ邪魔だと言われて終わりよー」って!ええかげんにせえよ。

今思い返せば、私もしかりで…
背が低くていじられることも、可愛がられてるうちに入ってたのかもしれません。
気づかないところで、なにか得したのかもしれません。

いずれにしても身長を通じて、人はないものねだりが止まらない生き物なんだなって、痛感した経験が多々。

***

人ってどうやら、自分にない(と思ってる)部分を人に見て、強烈に羨ましがるらしい。

一方、当たり前のようにある(と思ってる)部分は、20年も30年も空気のように付き合ってきてるから、その良さに気づかないらしい。

つまり、自分の価値や魅力って、他人から見て初めて、くっきり見えるんだろうなって今ならワカル。

たしかに、生まれてこの方、当たり前に呼吸し続けてきた空気を、ことさらに有り難がる人って少ないですよね。それと同じようなものかもしれない。

だから、時に第三者の視点に耳を傾けるといいと思うんです。
人から見て羨ましいってことは、「それ」と空気のように共に生きているってことだから。

私もたとえば身長に関しては、「小さいのもいいってことあるんだ」と受け入れ始めてからは、ないものねだりがなり、そのメリットを堂々と活かして生きるようになりました。身長がなくて困るどころか、ちっちゃいからこそ自分が活きる、そういう場所が見えてきた。
思い込みだけど、ちっちゃいってだけで人に甘えやすいしね(笑)。

そんなわけで、人から「あなたのそれっていいね」と言われたときは、一旦「そうなのかもしれない」と思ってみるのをおススメします。思っている以上に、他人から見たらそれはレアな価値かもしれないんです。

 

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