言葉でうまく通じない、と思ったときの最後の手段。

今日はPCの調子が悪く、日中ブログを書けませんでした。

そんときにスマホからfacebookでつぶやいた文章を、今日はこちらに貼っておきますね。

最近はこんな風に、過去の自分に教えてもらうことが多い毎日です。

 

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私がブログを書くのは、お仕事のためを超えて、自分が自分であるためだ。
そんなに書くんだから、私は言葉を信頼してるんだと思っていた。でもそれはどうやら違うようだ。むしろ限界をひしひしと感じる。

書いても書いても、言葉じたいは伝わんない。なぜなら、その言葉に載せる意味が、ひとりひとり違うからだ。もう驚くぐらい違う。仮に言葉の再定義をしてから、伝え直しましょうね、とやり始めたとしたら。きっと何回日が暮れても始まんないだろう。

 

そこで思い出した。ブログでサービスを発信しだしたときにやってた、祈りのようなものがある。

申し込んでくださったお客さんにメールを送るとき、当時のサービスはめっちゃ説明がいった。自宅サロンの場所、アクセス、持ち物、連絡がつかない場合の対処、その他注意事項…。

これだけ書いたら書いたで、逆に多すぎて見落とす可能性が高くなる。忙しくて読んでらんないかもしれない。何をやっても想定外は有り得るし、万全てことはないと分かった。

だから、送信ボタンを押すときに、相手に祈りを込めた。

●どうか、好きに捉えてください、と。

●そして、何か分からなければいつでも連絡ください、と。
そんなもん、届きゃしなくてもいい。それでも毎回、やった。

そうしたら…極端に迷ったり、誤解をする人はいなかった。それきり返信がなくても、大雪の日でも、ちゃんと当日、サロンにたどり着いてくれた。
伝わるのは言葉じゃなく、その間にあるものなのかもしれない、とその体験で思ったのを覚えている。
ただひとつ問題があるとすれば、気を回し過ぎて私のエネルギー消費が多すぎたこと(苦笑)。そこだけをカバーできるように、再構築すればいいんじゃないかな。
そうすれば、言葉尻に頼るのではなく、行間に祈りを込める、という力を今一度発揮できるかもしんない。

 

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